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食べ納め。

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今年最後の栗を頬張ってます。
やっぱり美味しいなぁ、と次から次へ手が止まりません。
大きな口で頬張りたいと、包丁で鬼皮をむいてパクリ。
皮が固いから、面倒くさいと、スプーンでほじると、
バラバラと実がこぼれてもったいない。
でも、バラバラした実が口の中で広がるのか、
ほじって食べた方が、栗の甘味を一番感じられる気がします。
そんな、小さなところで、ごそごそ、ブツブツ言いながら…

耳をかたむける

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「紐の結び方を教えましょうか?」
店の前で、ダンボールの紐を真剣にくくっていたら、
傘を杖に、腰のまがったおばあちゃんが覗きこんできた。
困った、オープン前のバタバタしている時間に
おばあちゃんの話につきあっているのも…。
「紐?くくり方ですか?」と躊躇しつつ、
お祖母ちゃんは「そう。くくり方」と笑顔で言う。
お願いします、と場所を譲ると、
こうして…あら、大分手が融通が利かなくなってきたわね…」
時計を気にしながら、やり方を見ていると力少なくキチンと結べる。
そして、片方の紐を引っ張るとスルッと紐がほどけるのだ!
すごーい!と思わず、叫んでしまった。
おばあちゃんは、どや顔。2度教わって、マスターした。
お祖母ちゃんの手は大きい。靴も26センチ。
昔は大きな女だったけど、こんなに腰が曲がってしまうとはね、と笑う。
大正13年生まれ。93歳。本が好きで、神保町の本屋に嫁いだが
戦争で焼け出され、妊娠中に夫は戦地へ、いろんな時代を見てきたと
簡潔に語ってくれた。
「それにしても、あなた、えらいわ。いつも感心してみているのよ。
こういう時代だからこそ、あなたみたいな人が必要なのよね」
近所に住むというおばあちゃんだったけれど、
その姿に記憶はなかった。
でも、きちんと見てくれている人がいるんだ、と
嬉しい反目、見られている、ということに身をつまされた。
そして、自分がキチンと周囲に目を配れてなかったことを恥じた。
多くの年寄りのひとり、と見逃していたのかもしれない。
生き抜いて来た人の功績をたたえず、生活の知恵も、古臭いからと目もくれず、
新しいものへ、最先端へと足元も見ず、先を見ていたのかもしれない。
しかし、先人たちが気づいてきたことを知りもせず、先に進もうと思っても
きっと浮ついたものにしかならないと改めて思った。
「よみがえりのレシピ」がヒットしているが
ここで展開される在来種や焼き畑の記述を持った人たちは、既に高齢だ。
何百年もこれが繰り返されてきたのにはきっと理由がある。
しかし、その声はとても小さい。
静かに見つめ、耳をかたむける。
それを、今こそ大切にすることが、未来へつなぐ糸口なのかもしれない。

空を読む

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毎日、毎日野菜を触っていると、小さな変化に気づく。
例えば、群馬県の有機栽培の小松菜。
毎週、同じように小松菜を頼むのだけれど、
先週と今週ではちょっと状態が違う。
寒気にさらされて、寒かった!という顔になっている。
どこがそうなの?と聞かれても上手く表現できないけれど、
寒い日に子供が外から帰ってきて、真っ赤なほっぺと
息遣いをしているような感じ。
葉の厚みが増して、ギュッとしたような感じ。
つまり、味わいが良くなってきているというサインでもある。
と、いうことは、群馬のあの農園では、冷たい空っ風がぴゅうと吹いたか、
夜の冷え込みが激しくなってきているということ。
農家さんは鼻先を真っ赤にして、かじかむ手を我慢しながら
収穫してくれたのかなぁ、と思うと、感謝の思いでいっぱいになる。


と、言うことはですよ。
そろそろ、ネギがとてつもなく美味しくなってくるよね、ムフフ、
と目を細めてしまうわけですよ。
いやいや、ちぢみほうれん草かなぁとか、ね(笑)

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